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木造武田元光像

武田大膳太夫元光は、若狭守護職・武田元信の子として生まれ、大永元年(1521)に父の死去により家督を継ぎました。翌2年には後瀬山に居城を築き、その山麓に守護館を移して、戦国大名としての体制を整えたと考えられています。元光の治世は国内外ともに動乱の時期にあたり、享禄3年(1530)には出家して大膳太夫入道宗勝と号し、発心寺に隠居しました。その後も国政の実権を握っていたようですが、天文8年(1539)頃に家督を実子・信豊に譲り、天文20年(1551)に没して発心寺背後の墓所に葬られました。法号は「発心寺殿天源宗勝大居士」です。 発心寺には、開基となった元光の法衣姿の木像が伝わっています。この像は若々しい雰囲気を漂わせていますが、着衣が同寺に残る頂相に描かれた姿とよく似ていることから、没後に制作されたものと考えられます。江戸時代に編纂された『若狭郡県志』には、「谷田部村長徳寺に僧形の木像があり、武田元光自作の像と伝わる。その後、寺僧が請い受けて発心寺に安置した」との記述があり、また『拾椎雑話』にも、元光像であることを伝える記述が残されています。 この木像は若狭武田氏歴代で唯一のもので、守護職として活躍した元光の生前の姿を伝えています。 管理者:発心寺

種別 彫刻
指定区分
文化財名 木造武田元光像
員数 1躯
時代 江戸
指定日 2007年4月20日
地区 今富
法量 像高59cm
一般公開 非公開
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