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はがじねんちゅうぎょうじ

羽賀寺年中行事

羽賀寺年中行事は、楮紙を袋綴じにした縦30㎝×横20.9㎝の和本です。表紙を含めて57枚から成っていますが、表紙1枚と奥8枚は元禄頃に補い綴じたものです。外表紙に「当寺年中行事」と標題し、本浄山羽賀寺常住が書き記したものであることを明らかにしています。 見返しには、羽賀寺の別当所を若狭浦、阿納浦、福谷、西津、栗田、次吉、熊野、政所谷、奈胡、羽賀に及んで記録しており、その広範な勢力圏を示しています。天文元年(1532)、第四代住持台芸がまず年中行事を起こし、次に世上の出来事を記録し始めました。その内容はさかのぼって永正、大永、享禄にも及びますが、台芸が天文23年(1554)に没するまでの天文年間の記録が最も多く残っています。その後、歴代の住持がこれを書き継ぎ、おおよそ9種の筆蹟があり、用紙を補足して永禄、天正、寛文、延宝を経て元禄に至っています。 天文の頃といえば戦国時代末期の動乱の時代であり、整理された記録は乏しいのですが、本書は当時の若狭の史実を考える上で極めて重要な手がかりとなります。丹後海賊が西津・小浜を騒がせたり、盗人蜂起によって若州が前代未聞の混乱に陥ったことなども記されています。本書は、いわば戦国時代若狭の年代記ともいうべき貴重な記録です。 管理者:羽賀寺

種別 典籍
指定区分
文化財名 羽賀寺年中行事
員数 1冊
時代 室町後期
指定日 1959年9月1日
地区 国富
法量 縦30㎝ 横20.9㎝
一般公開 非公開
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