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羽賀寺本堂上葺勧進帳

羽賀寺には勅筆の縁起をはじめ、数々の貴重な古文書が伝わっていますが、この「羽賀寺本堂上葺勧進帳1巻」もその一つです。勧進帳は、罫線を施した料紙(鳥子紙)を用いた通例の巻子本で、作者は青蓮院入道尊猷親王とされています。題簽や奥書からも、その真筆であることが証明されています。 帳は「勧進沙門敬白」に始まり、霊亀2年に行基菩薩が開創して以来の寺運の興亡を詳述したのち、文安4年(1447)に日之本将軍安倍康季によって堂宇が竣成されてから60余年を経て朽廃した本堂上葺のため、一国茅屋に至るまで広く施与を勧進したことが記されています。最後に本尊十一面観音の功徳を讃嘆し、「仍幹縁旨梗概如斯」と結び、「永正十一年祀甲戌(1514)卯月日勧進沙門敬白」と末記して終わっています。 この勧進沙門尊猷親王は、後柏原天皇の第3皇子で、青蓮院門跡・天台座主・四天王寺別当を歴任された尊鎮法親王のことです。天文19年(1550)9月に47歳で薨去しています。したがってこの帳は親王11歳の筆とされますが、書跡には幼さがまったく見られず、室町和様体の筆致は雄健で気品があり、流麗な書体とあいまって、高い教養を偲ばせるものです。 『紙本墨書羽賀寺年中行事』には「天文元年壬辰歳(1532) 本堂上葺造畢 二月十六日供養有之」と、本堂上葺に関する初見の記事がありますが、この勧進帳の紀年銘からすれば、竣工までに実に18年を要したことがわかります。当時は戦国争乱の渦中にあり、若狭一国も不穏な情勢でした。そのため、この期間の長さは勧進の苦労を物語るものであり、恐らくその間は応急の補修をもって雨露を凌いでいたものと思われます。 管理者:羽賀寺

種別 書跡
指定区分
文化財名 羽賀寺本堂上葺勧進帳
員数 1巻
時代 室町中期
指定日 1978年7月25日
地区 国富
法量 全長255㎝ 
一般公開 非公開
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