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絹本著色潤甫周玉像

雲外寺は臨済宗南禅寺派に属し、室町時代の若狭守護・武田元信の子、潤甫周玉(玉長老)を開山とする由緒ある寺です。潤甫周玉は後瀬山城を築いた武田元光の弟として文亀3年(1503)に生まれ、幼くして仏門に入り京都へ出たものと思われます。当時、若狭武田氏は京都建仁寺に塔頭・十如院を創建し、代々同氏出身の僧が住持となっていました。 その後、大永8年(1528)にはわずか25歳で小浜栖雲寺の首座(『実隆公記』)となり、天文3年(1534)には隠退したためか「西堂」と号し、同8年(1539)に雲外寺を創建し隠棲しました。しかし、天文12年(1543)には建仁寺第282世に迎えられ、天文18年(1549)に46歳で没しています。 本画像は絹本著色で、上部に和尚の自賛が記され、その下の円窓に肖像が描かれています。この天文14年の自賛から、肖像も和尚の存命中に描かれたものと考えられ、とりわけ発心寺伝来の武田元光画像とよく似た顔つきや、細く孤を描く眉などは、両者が兄弟であることをよく示しています。なお、潤甫周玉は当時の文化人である三条西実隆・清原宜賢・連歌師宗硯らとも交友が深く、文芸をもって京都五山に知られた若狭武田氏出身僧の素養をうかがうことができます。 本画像は縦79.6cm、横29.4cmの小画面ながら、潤甫和尚の生前の姿をあますところなく伝えており、当地に残る武田氏出身僧の唯一の肖像画としてきわめて貴重な一幅です。 管理者:雲外寺

種別 絵画
指定区分
文化財名 絹本著色潤甫周玉像
員数 1幅
時代 室町(1545年)
指定日 1999年4月23日
地区 口名田
法量 縦79.6㎝ 横29.4㎝
一般公開 非公開
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