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こんしぎんでいほけきょう

紺紙銀泥法華経

『羽賀寺年中行事』弘治2年(1556)の条に「乗海法印(中略)則其弟子教弁 紺紙銀字折本ヲ令寄進了 1部7巻(中略)作ハ天竺物也。」と記される紺紙銀泥法華経全7巻が羽賀寺に伝存しています。 本経巻は紺紙に金泥の罫線を施し、銀泥で書写された華麗な折本で、各巻の見返しには金泥描線の変相図が描かれています。第1巻の巻首には「終南山 釈道宣述」の銀泥序文があり、第7巻の巻尾には「特為己身現増福寿当生浄界之願 債人敬写蓮経七巻尓、泰定二年(元の年号 1325)六月日誌 上護軍致仕崔有倫立願」の銀泥跋語が記されています。 また全巻を通じて「奉寄附若州国富庄羽賀寺 唐本法華経一部七軸 乗海(第7巻のみ少僧都得号)応永廿九年壬寅(1422)二月日」と朱奥書があり、特に第7巻には「乗運載船渡海」にはじまる6行(末文4行は判読不可能)の朱書跋文が記されています。これにより、願主・寄進者ともども異国より渡来した貴重な経巻であることが証明されています。 本経巻の来歴については『羽賀寺年中行事』の記録以外の寺伝を欠きますが、銀泥紀年銘にある泰定当時の元・高麗の支配関係から、わが国に遺例の少ない高麗経ではないかとの見方もあります。 この全7巻を納める経筐は、合わせ蓋、生漆塗、槍鉤仕上げで、底面に「奉寄進法花妙典箱 奥之坊頼栄作也 文明十四年壬寅(1482)九月日」の墨書銘があります。この紀年銘により、応永寄進時に本経巻と一具であった経筐が散逸し、この頃に新造されたことがわかります。 管理者:羽賀寺

種別 典籍
指定区分
文化財名 紺紙銀泥法華経
員数 7巻
時代 高麗(鎌倉 1325年)
指定日 1977年6月17日
地区 国富
法量
一般公開 非公開
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