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てぎねまつり

手杵祭

奈良時代のむかし、矢代浦に1艘の唐船が漂着しました。そしてその船には王女と付添いの女衆が8人乗っていましたが、長い漂流の船旅に身も心も疲れ果て、そのうえ食糧もなくなってしまい、言葉も通じないままに、ただあわれみを乞うばかりであったと伝えられています。ところが船中には金銀財宝がどっさり積まれていたために、浦人たちはこれに眼がくらみ、杵をもって唐人たちをみな殺してしまいました。 この悲しいことがあって以来、この浦人たちは王女たちの霊を慰め、天罰を恐れて手杵祭を行ない、平安初期以来全く途絶えることなく受け継いできたと伝えています。この祭をまとめる人は大禰宜といって、正月元旦より水垢離と潔斎精進を重ね、この1年間を区の祭礼・物忌み、宗教的諸事の責任者として過ごさねばならない大役の人となっています。 祭行列の役者には5種ありますが、手杵棒振りと2人の弓矢持ち、そして女衆とが特別の雰囲気をかもし出し、悲劇の主人役を演じます。編笠にシダ葉を挿し、顔には墨で隈取りをした異様な姿に扮した棒振りと弓矢持ちは殺戮の所作をします。これに対して、まだ穢れを知らぬ少女たち女衆は、金袋に擬した頭巾をかぶって登場します。 祭日は4月3日です。禰宜・若者組・女児は、矢代区の戸主、長男、娘に限られ、区の成員になるにはこの役割を必ず経なければならないとされてきました。 管理者:矢代区

種別 無形民俗文化財
指定区分
文化財名 手杵祭
員数
時代
指定日 1968年3月29日
地区
法量
一般公開 非公開
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