どうわにぐち
銅鰐口
この鰐口には「永重本堂円覚寺鰐口延文五年(1360)庚子十一月八日、若州長源寺常住、施入妙是」との銘文が刻まれており、その大きさと古さから、県内でも貴重な遺品となっています。 長源寺は康暦年間、日源上人によって開かれ、当初は後瀬山麓(現在の空印寺の敷地)に建立されました。その後、武田元光が後瀬山上に築城した際、守護館建設のため現在地に移されました。当時は一帯が沼地で、移築後は島状の地形となっていたことから、山号を「向島山」としたと伝えられています。 移築後の長源寺は大いに栄え、『小浜町誌原稿』(大正4年・1915年)には「寺内に三十番神社があり、西に刹堂がある。楼閣は貞享年間の建築で、左右に金剛力士を置き、楼上には十六尊者を安置する。往昔は寺中に十七の僧院があったが、当時は四僧院を残すのみ」と記されています。 この記録によれば、かつて十七の僧院が存在しており、鰐口の銘に見える「円覚寺」もその一つであったと考えられます。その後、本寺に伝えられたものと推定されます。 管理者:長源寺
基本情報
| 種別 | 工芸品 |
|---|---|
| 指定区分 | 県 |
| 文化財名 | 銅鰐口 |
| 員数 | 1口 |
| 時代 | 南北朝(1360年) |
| 指定日 | 2020年8月4日 |
| 地区 | 小浜 |
| 法量 | 高さ26.3cm 幅27.5cm |
| 一般公開 | 非公開 |