けんぽんちゃくしょく さかいただかつしょうぞうが
絹本著色酒井忠勝肖像画
管理者:小浜市
酒井忠勝は、天正15年(1587)三河国西尾に誕生し、父備後守忠利とともに徳川家康に従い、関ヶ原で初陣を果たしました。元和6年(1620)には徳川家光の小姓となり、同8年には武州深谷に1万石を与えられて大名に列し、同9年家光が将軍になると、翌寛永元年(1624)に老中となりました。また、同4年には父の遺領を継いで川越に移り、同11年には、若狭三郡及び越前敦賀郡、近江高島郡など11万3千5百石を拝領し、同年8月に初めて入国しました。その後、京極氏が築城を始めた小浜城を完成させるなど、以降14代、235年間にわたる小浜藩の礎を築きました。晩年は、明暦2年(1656)に家督を実子忠直に譲り、万治3年(1660)日光で剃髪し、空印と号しました。寛文2年(1662)76才で江戸牛込の藩邸に没し、同邸内の長安寺に葬られました。忠勝は、「酒井忠勝書下」など多数の記録から、武人としてよりはむしろ、家光・家綱両将軍に近侍した官僚として卓越した行政手腕を発揮しました。また、京都万福寺の堂宇を建立に関わるなど信仰心も厚く、本肖像の賛は、黄檗宗開祖隠元の手によるものです。本図は縦127.0㎝、横57.0㎝の絹本に描かれ、製作年代がはっきりしませんが、万治3年に忠直が狩野栄心を召して絵を命じた記録があるので、忠勝剃髪時の寿像と考えられます。 管理者:小浜市
基本情報
| 種別 | 絵画 |
|---|---|
| 指定区分 | 市 |
| 文化財名 | 絹本著色酒井忠勝肖像画 |
| 員数 | 1幅 |
| 時代 | 江戸初期 |
| 指定日 | 1992年2月26日 |
| 地区 | 雲浜 |
| 法量 | 縦127㎝ 横57㎝ |
| 一般公開 | 非公開 |