しほんちゃく しょくしんめいじんじゃしゃとうふうぞくず
紙本著色神明神社社頭風俗図
本図の右端下隅には、寛政元年(1789)建立の神明宮石標(他面に八百比丘尼および願主名を陰刻)が見られます。この地は旧丹後・丹波往還の分岐点にあたりますが、時運の流れにより山麓ともども地下深く埋没し、石標のみが早く現社頭に移されたと伝えられています。 本図は、こうした今は失われた旧社頭の配置や境域の風致・景観を克明かつ綿密に描き出し、絵画風に構成されたものです。参詣の道俗、厳かな磐座、観桜の宴、茶屋や茶店の賑わい、徒歩・騎乗の武士、繋ぎ馬、旅人、商家の女や遊女、喧嘩する男たち、踏み鋤を持つ農夫など、多くの登場人物を生き生きと、表情や姿態までリアルに描写しています。当社の遺存文書には、天明3年(1783)正月付の魚屋権兵衛らによる「境内における男女出合の客家提供、夜間歓楽の中止」を誓約した連署状が残されており、本図に描かれた賑やかな情景を裏付ける資料といえます。 制作はおそらく江戸時代後期の寛政初年頃と考えられます。本図は絵画的価値が高いだけでなく、当時の風俗や地域社会の様相を伝える貴重な資料でもあります。法量は幅368㎝、高さ171㎝です。この屏風絵は、八百比丘尼が当社に永別し、空印寺山下の岩窟に入定したという故事にちなみ、空印寺に納められました。 管理者:空印寺
基本情報
| 種別 | 絵画 |
|---|---|
| 指定区分 | 市 |
| 文化財名 | 紙本著色神明神社社頭風俗図 |
| 員数 | 1双 |
| 時代 | 江戸中期 |
| 指定日 | 1988年1月21日 |
| 地区 | 小浜 |
| 法量 | 各幅368㎝ 高171㎝ |
| 一般公開 | 非公開 |