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絹本著色大功文政像 

青雲山龍泉寺の創建は、同寺背後の山上にある霞美ヶ城の城主・武田信高による天文10年(1541)と伝えられています。このとき招かれて同寺の開山となったのが、この頂相に描かれた大功文政禅師です。 禅師については、肖像上に記された賛によって、大利氏の一族の出身で、永平寺明峰派(明峰素哲を初めとする曹洞宗の一派)の逸材であったことが知られ、同寺が当初から曹洞宗であったことも明らかです。なお、同賛には「行年六十九光陰 不侍丙子従心之歳 仲秋二十八圓寂」とあり、禅師は天正4年(1576)8月28日に、70歳を迎える前に没したことがわかります。また、「禅師在世之日命画師令写慈像」とあることから、この肖像は禅師自身が生前に命じて描かせたものであることも判明します。 この頂相は縦74.9cm、横37.9cmで、禅師は法被を掛けた牀座に坐し、大衣と袈裟を着て、左手に念珠、右手に払子を持つ姿で表されています。その輪郭は丸みのある柔らかな細線で描かれ、彩色によって顔や衣文などがやや平面的に見えるものの、禅師の容貌を克明に写し取り、穏やかで気品に満ちた人柄を偲ばせています。 この賛は、禅師没後19年目の文禄3年(1594)8月28日に、英甫永雄が請われて記したもので、「予之老爺蒲澗稜公(信高)」と記されており、永雄自身が信高の子であることを明確に述べています。賛を引き受けたのも、この縁によるものと考えられます。 管理者:龍泉寺

種別 絵画
指定区分
文化財名 絹本著色大功文政像 
員数 1幅
時代 室町末期
指定日 2004年1月23日
地区 宮川
法量 縦74.9㎝ 横37.9㎝
一般公開 非公開
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