しんぽやまじょうあと
新保山城跡
宮川地区の新保集落の背後山系に築かれた新保山城(霞美ヶ城)は、守護武田氏の拠る後瀬山城に次ぐ規模を有し、特に山城・館などの遺構をとどめる貴重な遺跡です。築城は定かではありませんが、在城が確実なのは守護武田元光の子で守護職を承継した武田信豊の弟にあたり、宮川殿と呼ばれた武田信高です。信高は天文10年(1541)に山麓に龍泉寺を創建したと伝えられています。この信高は弘治2年(1556)に36歳で早逝し、その跡職は信豊の子である武田信方が受け継ぎました。信方は優れた武将・奉行人として活躍し、城構えの整備も恐らく信方が居城した永禄年間(1558~69)のことと推定されます。 城はほぼ南北に蛇行する稜線の最高部(293.6m)付近に主郭群を置き、これに連なる稜線の主要部を密な郭群で防御しています。一方で、主郭西北の大谷区に向かう枝峯の稜線や、東南の新保区に下降する稜線にもそれぞれ大小の郭群を配置し、主稜線の南端には支城的な独立の郭群が存在します。これらの各郭群には最大幅13m、深さ10mに及ぶ壮大な空堀をはじめ、竪堀、帯郭、腰郭、土塁、櫓台や城道などを巧みに配備し、攻防両面に備えています。
基本情報
| 種別 | 史跡 |
|---|---|
| 指定区分 | 市 |
| 文化財名 | 新保山城跡 |
| 員数 | 1ヵ所 |
| 時代 | 室町末期 |
| 指定日 | 1988年1月21日 |
| 地区 | 宮川 |
| 法量 | |
| 所在地 | |
| 一般公開 | 公開中 |