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わくりみぶきょうげん

和久里壬生狂言

この狂言は、和久里の西方寺境内に建つ「市の塔」の7年供養会に奉納される仮面無言の狂言です。この供養会は数え年の7年目(十二支の子と午の年)の4月と定められ、近年では昭和59年4月14日から16日の3日間にわたり、境内の仮設舞台で上演されました。 狂言の番組は「狐釣り」「腰祈り」「寺大黒」「愛宕詣り」「餓鬼角力」「炮烙割り」「座頭の川渡り」「とろろ滑り」「花盗人」の9曲で、番組は毎日入れ替わります。中日には大般若経の転読があり、毎日午後には宝塔縁起が朗読されます。狂言に使用する仮面は、昭和53年上演の際、従来の紙製面を廃し、区民の自作による30余の木彫面が作られました。出演者はすべて区内の男子に限られます。 「市の塔」は南北朝期の造立以来、江戸初期には小浜の東西の市場に移され「市塔尊」と信仰され、神事能が奉納されました。その間、京都狂言師の来往も度々あったと伝えられています。現在の和久里狂言は、明治45年(1912)に、かつて塔のあった八幡宮前の狂言師から伝習したもので、地元では壬生狂言と称しています。しかし、現存する壬生狂言30曲と対照すると、ほぼ共通するのは6曲であり、「狐釣り」「座頭の川渡り」「腰祈り」の3曲は壬生には見られません。ただし、江戸時代中期の壬生狂言60曲には「狐釣り」「座頭の川渡り」が記録されています。残る1曲「腰祈り」は京都三大念仏狂言(壬生寺・嵯峨釈迦堂・千本閻魔堂)のいずれの記録にも見られず、異なる別派を承継した可能性も残されます。 融通大念仏の合唱下に上演されたことから発生した無言の狂言が当地に伝流した意味は大きく、貴重な宗教民俗芸能の遺産といえます。 管理者:和久里壬生狂言保存会

種別 無形民俗文化財
指定区分 国選 ・県
文化財名 和久里壬生狂言
員数
時代
指定日 2003年2月20日
地区 今富
法量 舞楽法要・神楽
一般公開 非公開
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