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くまのなちじんじゃのしんぶつしゅうごういさん

熊野那智神社の神仏習合遺産

上田区岩井谷の集落から霊峯飯盛山に向かう中腹に本神社は立地します。東面する巨岩の磐座に喰い入るように鎮座し、原始からの巨岩信仰を示す境内地として市史跡に指定されています。山麓には山伏屋敷の伝承や行場である滝などもあり、中世以後は修験道とも密接に関わりをもち、現在まで伝えられています。 社殿由緒書によれば、延暦12年(793)に坂上田村麿呂により開基された多古木山長田寺(田村薬師)の奥の院として、寺院四至の北限である飯盛山腹に延暦17年(798)に創建されたことを伝えています。さらに天長3年(826)には社殿を拡張し、本殿に十一面観音を併祀したといいます。また、寛永15年(1638)に荒廃した社殿を復興して遷宮式を行い、熊野那智大権現と称したとされ、古来の巨岩信仰、山岳信仰と密教文化の受け入れ、熊野と修験道信仰という神仏信仰の受容をよく示しています。 小浜の霊峯としては多田ヶ岳がもっとも知られ、その山麓には地方では特異ともいわれるほどの密教文化財を伝世させています。一方、市内のもう一つの霊峯である飯盛山においては、山麓登山口に当地中名田地区の田村薬師と奥院、加斗地区の飯盛寺、口名田地区の勝願寺(馬頭観音堂)などがあり、地域には行者信仰や行者講などが現在も根付いていることから、より修験道信仰が強かった山ということができるでしょう。 現在、本殿には本尊秘仏である十一面千手観音菩薩坐像を含め、不動明王立像、蔵王権現立像の3体の木造破損仏(平安時代後期)が安置されるとともに、当社の由緒や信仰を示す数多くの文化財が伝世されています。本来ならば個々の文化財価値としては、その保存状況から評価に値しないものかもしれませんが、一括文化財としては地域の神仏習合信仰を示す貴重な文化遺産と位置付けられます。

種別 歴史資料
指定区分
文化財名 熊野那智神社の神仏習合遺産
員数 1件
時代 平安時代~ 江戸時代
指定日 2012年2月22日
地区 中名田
法量
一般公開 非公開
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