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あべけもんじょ

安倍家文書 

安倍家は小浜市志積にあり、鎌倉初期以来この浦の刀祢職を継承し、近世には庄屋をつとめた旧家です。安倍家文書は、鎌倉初期より明治中期に及ぶ漁村・漁業史、さらには日本海の交易経済発達史の研究上、貴重な資料です。 平安朝初期にはすでに開発され、陽成院領となっていた志積浦は、その後天台座主良源の所領となり、以来この浦の山門とのつながりが深まりました。これらの文書が安倍氏に伝存するのは、同氏が志積刀祢として十禅師・客人社の祭礼料田を管理し、祭礼に奉仕する役割を担っていた関係上、代々に伝えられたものです。 鎌倉期に志積の人々が日本海沿岸の廻船業を主たる生業としていた事実を実証する資料もあり、副進文書目録には、西山宮御代御免除状案、座主宮令旨案、青蓮院令旨案などが列記されています。そのためこの廻船が山門や青蓮院の保護を受け、津料等を免除されていたことが推定されます。 近世文書では、国富の奈胡・熊野両村が多年にわたり「預り料」を支払って志積浦持山の一部を借りていた事実、刀祢家が代々相伝の網場を有していた事実、また近隣浦々との間に漁場争論の生じやすかった事情などが注目されます。さらに天保15年(1844)に浦へ鯨が流れついたことや、明治期における張網漁業の網場とその所有者を書き上げた記録もあります。

種別 古文書
指定区分
文化財名 安倍家文書 
員数 66点
時代 鎌倉~明治
指定日 1982年4月20日
地区 内外海
法量
一般公開 非公開
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