しほんぼくしょ はがじえんぎ
紙本墨書羽賀寺縁起
羽賀寺縁起は、陽光院誠仁親王の御筆によるものであり、奥書は後陽成天皇の勅筆にかかっています。紙本墨書で、縦50㎝、全長430㎝の巻物として立派な表装が施されています。漢文体ではありますが極めて平易で、墨痕鮮やかに筆跡が走り、見事なものです。 羽賀寺の由緒来歴をたどると、本浄山羽賀寺は元正天皇の御代、霊亀2年(716)に行基菩薩によって創建されました。 その後、平安中期に本尊の十一面観世音もろとも泥土に没する風水害に遭いましたが復興し、鎌倉初期には源頼朝が三層塔婆を造立・寄進しました。しかし室町時代初期にはたびたび火災にあい、現在の堂塔は文安4年(1447)に造立されました。以後は一天泰平、四海静謐を祈り続けてきました。以上が天皇の筆になる縁起のおおよその内容です。 巻尾の奥書は12行175文字で、天皇の宸翰によるものです。創建以来、大悲の威力を仰ぎ、衆徒・檀越・黎民が協力して寺運を維持発展させてきたことを述べ、最後に秋田実季の懇志によって修造を遂げたことを記し、結びとしています。 管理者:羽賀寺
基本情報
| 種別 | 書跡 |
|---|---|
| 指定区分 | 国 |
| 文化財名 | 紙本墨書羽賀寺縁起 |
| 員数 | 1巻 |
| 時代 | 室町時代 |
| 指定日 | 1901年8月2日 |
| 地区 | 国富 |
| 法量 | 縦50㎝ 全長430㎝ |
| 一般公開 | 非公開 |